社長ブログ

谷中霊園の静寂に思う、現代の「家」と「墓」のゆくえ。

皆さま、こんにちは。ViVi不動産株式会社の代表です。

 

前回のブログでも申し上げましたが、富山から東京へ足を運んでまいりました。目的は、療養中である叔母の病院へお見舞いに行くことです。年齢を重ねると、どうしても体調に波が出てくるのは避けられないことですが、実際に顔を見て、手を握り、言葉を交わすと、改めて「家族」というものの繋がりや、流れる時間の重み、そして「命の限り」というものを深く考えさせられます。

 

叔母と穏やかな時間を過ごした後、ふと思い立って、上野のすぐ隣にある「谷中霊園」を歩いてきました。ここは徳川最後の将軍・慶喜公をはじめ、多くの著名人が眠る歴史の集積地であり、都心にありながら静寂に包まれた特別な空間です。

 

しかし、そこで私が目にしたある光景は、不動産業を営み、日々「家」や「土地」と向き合っている私にとって、非常に示唆に富んだ、そして現代社会の抱える深い悩みを浮き彫りにするものでした。

 

今日は、その「お墓」の話を入り口に、現代日本が直面している「家」のあり方、そして私たちが囚われている「古い因習」について、少し踏み込んだお話をさせていただこうと思います。

 

1. 葵の御紋と、生い茂る雑草。歴史的名家ですら抗えない「時代の波」
谷中霊園の広大な敷地を歩いていると、ひと際立派な柵に囲まれた一角が現れます。江戸幕府第15代将軍、徳川慶喜公の墓所です。円墳のような独特の形をしたそのお墓は、かつての権威を今に伝え、きれいに整備されていました。

 

 

 

 

 

 

 

徳川慶喜公と奥様の美賀子様のお墓

 

 

しかし、私が今回それ以上に驚き、考えさせられたのは、そのすぐ近くにあった「徳川将軍家に連なる、ある名家」の墓所でした。

 

その墓所には立派な門構えがあり、誇り高く「葵の御紋」が掲げられています。江戸時代であれば、大名やそれに準ずるような途方もない格式を持つ家柄の証です。しかし、その門の奥に広がる光景は、慶喜公の墓所とは対照的なものでした。

 

広大な敷地には、膝の高さ、いや腰の高さまであろうかという雑草がぼうぼうに生い茂り、自然に飲み込まれようとしていたのです。

誤解のないように申し上げますが、これは決してご子孫がご先祖を蔑ろにしているわけではありません。

家系は現在も立派に続いておられることだと思います。しかし、現代において、これほどまでに広大な区画を「個人」で維持管理していくことは、想像を絶する困難を伴うのでしょう。

 

江戸時代であれば、専属の寺男や多くの家臣が日常的に手入れをしていました。

しかし今は、ご子孫も私たちと同じように現代社会でそれぞれの生活を営まれています。

年間数十万円から数百万円にも及ぶ広大な墓所の管理費、春から夏にかけてあっという間に伸びる雑草の処理……。

 

個人が背負うには、あまりにも重すぎる負担です。

 

実は、徳川慶喜公の直系のご家族(徳川慶喜家)も、近年「墓じまい」を検討されていることがニュースになりました。約300坪というあまりにも広大な墓所を、子孫が受け継いでいく負担は、精神的にも経済的にも限界を超えているのです。(慶喜公のお墓の墓じまいについて詳しく知らいたい方はコチラ!)

 

あの徳川家に連なる名家ですら、先祖から受け継いだものを「過去と同じ形」で維持することに苦慮し、限界を迎えている。この現実は、私たち一般市民が直面している「お墓」や「家」の問題と、根っこは全く同じなのです。

 

2. 「墓を作る人」より「壊す人」が圧倒的に多いという現実
今の日本の実態を示す、残酷なデータがあります。
現在、新しくお墓を建てる件数よりも、今あるお墓を撤去する「墓じまい」の件数の方が、遥かに多くなっているのです。

背景にあるのは、言うまでもなく「少子高齢化」と「都市部への人口流出」、そして「ライフスタイルの劇的な変化」です。
かつては、長男が実家を継ぎ、その土地で一生を終え、代々の墓を当たり前のように守っていく時代でした。

しかし今はどうでしょうか。子供たちは進学や就職を機に地元を離れ、結婚しない選択をする人もいれば、子供を持たないご夫婦も増えています。

「自分たちが死んだ後、誰がこの墓を守るのか?」

 

「子供に毎年、遠方から高い交通費を払って草むしりに来させるのか?」

 

そうした現実的な悩みに直面したとき、多くの人が「自分たちの代で終わらせよう」「永代供養に切り替えよう」と決断しています。

これは決して冷たい選択ではありません。自分たちの死後、墓が「無縁仏」となり、寺院や周囲に迷惑をかけることを未然に防ごうとする、非常に責任感のある決断なのです。

 

3. 「お墓問題」は、私たちが日々直面する「空き家問題」の写し鏡
さて、ここからが不動産会社としての本題です。
私が谷中霊園で「草ぼうぼうの名家の墓所」を見て強烈に感じた既視感。それは、日頃の仕事で富山県内を回っている際に目にする「放置された空き家」の光景そのものでした。

 

庭木が伸び放題になり、道路にまではみ出した枝。壁には蔦が絡

まり、雨戸は年中閉まりっぱなし。ポストにはチラシが溢れかえっている……。そのような家の持ち主の方に思い切って話を伺うと、返ってくる言葉は不思議なほど共通しています。

 

「親が苦労して建てた家だから、自分の代で売るのは申し訳ない」

「お盆やお正月に集まるかもしれないから、残しておきたい」

 

「仏壇もそのまま残っているし、どう手をつけていいかわからない」

 

お気持ちは痛いほどわかります。家には家族の思い出が詰まっています。

 

しかし、その「申し訳ない」「いつか何かに使うかも」という感情の先送りが、結果として家を急激に朽ちさせ、ご近所に迷惑をかけ、ついには資産価値をゼロ(あるいはマイナス)にしてしまうのです。

 

お墓も家も、本来は「人が幸せに生きるためのツール」であったはずです。

先祖を静かに供養するための場所であり、家族が安全に、安心して暮らすための器

です。

しかし、時代が変わり、管理する人がいなくなったとき、それは「資産」から重くのしかかる「負債」へと残酷に変貌します。

 

しかし、私が驚き、考えさせられたのは、そのすぐ近くにあった「徳川将軍家に連なる、ある名家」の墓所でした。

その墓所には立派な門構えがあり、誇り高く「葵の御紋」が掲げられています。しかし、門の奥に広がる光景は、慶喜公の墓所とは対照的なものでした。広大な敷地には腰の高さまであろうかという雑草がぼうぼうに生い茂り、墓石の輪郭すら自然に飲み込まれようとしていたのです。

これは決してご子孫がご先祖を蔑ろにしているわけではありません。家系は現在も立派に続いておられます。しかし、現代において、これほどまでに広大な区画を「個人」で維持管理していくことは、想像を絶する困難を伴うのです。

春から夏にかけてあっという間に伸びる雑草の処理、広大な墓所の管理費……。個人が背負うにはあまりにも重すぎる負担です。あの徳川家に連なる名家ですら、先祖から受け継いだものを「過去と同じ形」で維持することに限界を迎えている。この現実は、私たち一般市民が直面している「家」の問題と、根っこは全く同じなのです。

2. 「墓を作る人」より「壊す人」が圧倒的に多いという現実

今の日本の実態を示す、残酷なデータがあります。 現在、新しくお墓を建てる件数よりも、今あるお墓を撤去する「墓じまい」の件数の方が、遥かに多くなっているのです。

かつては、長男が実家を継ぎ、その土地で一生を終え、代々の墓を守っていく時代でした。しかし今は、子供たちは進学や就職を機に地元を離れ、ライフスタイルも多様化しています。

「自分たちが死んだ後、誰がこの墓を守るのか?」 「子供に毎年、遠方から草むしりに来させるのか?」

そうした現実的な悩みに直面したとき、多くの人が「自分たちの代で終わらせよう」と決断しています。これは決して冷たい選択ではなく、自分たちの死後、墓が「無縁仏」となり周囲に迷惑をかけることを未然に防ごうとする、責任感のある決断なのです。

3. 「お墓問題」は、私たちが日々直面する「空き家問題」の写し鏡

私が谷中霊園で「草ぼうぼうの名家の墓所」を見て強烈に感じた既視感。

それは、日頃の仕事で富山県内を回っている際に目にする「放置された空き家」の光景そのものでした。

庭木が伸び放題になり、道路にまではみ出した枝。壁には蔦が絡まり、雨戸は年中閉まりっぱなし。持ち主の方に思い切って話を伺うと、返ってくる言葉は不思議なほど共通しています。

「親が苦労して建てた家だから、自分の代で売るのは申し訳ない」

「いつか誰か住むかもしれないから、残しておきたい」

お気持ちは痛いほどわかります。しかし、その「申し訳ない」という感情の先送りが、結果として家を急激に朽ちさせ、ご近所に迷惑をかけ、ついには資産価値をマイナスにしてしまうのです。

お墓も家も、本来は「人が幸せに生きるためのツール」であったはずです。しかし、時代が変わり管理する人がいなくなったとき、それは「資産」から重くのしかかる「負債」へと変貌します。

4. 渋沢栄一に学ぶ、手放すという「美しい決断」と社会貢献

実は、この谷中霊園にはもう一つ、不動産のあり方を考える上で非常に感銘を受けた場所がありました。新紙幣の顔にもなった実業家、渋沢栄一の墓所です。

渋沢家は現在も各界でご子孫が活躍し、非常に繁栄している名家です。

かつての渋沢家の墓所も、途方もなく広大な敷地を誇っていました。しかし、いくら繁栄しているとはいえ、現代において巨大な敷地を維持するのは大変な労力です。

そこで渋沢家はどうしたか。

なんと、墓所の敷地の大半を東京都に返還(寄付)したのです。

現在、渋沢栄一のお墓の手前には、ベンチや木々が綺麗に整備された「中央東広場」という明るい公園のようなスペースがあります。元々渋沢家の墓域だった場所を東京都が引き取り、霊園を訪れる人たちのための憩いの広場として整備し直したのです。

この決断は、不動産を扱う私にとってまさに「目から鱗」でした。

見栄や世間体のために巨大な敷地を抱え込んで草だらけにするのではなく、自分たちに必要なサイズに「ダウンサイズ」し、余った部分は手放して社会に還元する。

利益を独占せず広く社会で共有するという、栄一の生前の理念が、死後の住処の管理にも見事に受け継がれているのです。

5. 「家を存続させなければ」という呪縛からの解放

渋沢家のこの鮮やかな決断は、現代の「空き家問題」に対する一つの明確な答えでもあります。

「古い因習に囚われて、家や土地を無理に存続させなければならないなんて、今の時代には全くのナンセンスである」

「家を売ったら、ご先祖様に顔向けできない」と自分を責める必要はありません。

大切な子孫が誰も住まない古い家の維持管理に追われ、高額な固定資産税や屋根の修繕費に苦しむことを、ご先祖様が望むはずがありません。

むしろ、その土地や建物を必要としている次の方へ適切な形で譲ること。

それは、渋沢家が墓所の土地を社会に還元したように、立派な「社会への再提供」です。

そして、そこから得られた資金でご自身の老後の生活を豊かにしたり、今の家族と有意義な時間を過ごすことこそが、最高の「供養」であり「親孝行」になると私は確信しています。

6. まとめ:売れる内に売る。それが「今を生きる人」の責任。

今回、叔母のお見舞いを通して「命の有限性」を実感し、谷中霊園の静寂の中で「形あるものの限界」と「手放すことの美しさ」を目の当たりにしました。

不動産のプロとしてアドバイスさせていただくなら、結論はただ一つです。

「家は、売れる内に売る。管理ができなくなる前に、思い切って手放す。」

「まだ大丈夫だろう」と思っている間に、建物の老朽化は想像以上のスピードで進みます。いざ「もう草むしりも雪下ろしも限界だ」と手放そうとした時には、解体費用の方が高くつき、持ち出しになってしまうケースも決して珍しくありません。

空き家問題も、墓じまいも、その根底にあるのは過去への「執着」です。 しかし、勇気を出してその執着を手放し、次へバトンを渡したとき、肩の荷が下りて驚くほど心が軽くなったというお客様を、私はこれまで数え切れないほど見てきました。

私たちViVi不動産は、単に物件の売買を仲介するだけの会社ではありません。

そうしたお客様の「心の整理」や「人生の棚卸し」を一番近くでサポートさせていただくパートナーでありたいと考えています。

「あの空き家、そろそろどうにかしないとな……」 そう頭の片隅をよぎった時が、ご相談のベストタイミングです。

谷中霊園で見た、手放すことで人々の憩いの場へと生まれ変わった美しい広場を思い出しながら、私たちは「今を生きる人」のために、最善の選択と身軽な未来を提案し続けてまいります。

不動産に関することなら、どんな小さな悩みでも構いません。

「執着」を「希望」に変えるお手伝いを、ぜひ私たちViVi不動産にさせてください。

皆さまからのご相談を、スタッフ一同、心よりお待ちしております。

渋沢栄一さんとそのご親族のお墓(柵の後ろは渋沢家の墓所です。)

長いGWも終わりました。長期の休みで取り戻した(?)元気を使ってバンバン働いていきましょう!!

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(作成日:2026年5月7日)

ViVi不動産株式会社 代表取締役 矢郷修治